『日本の労働研究』 『知的熟練論批判』







 この2冊は内容上,密接な関連を有しているので,まとめて論じる。




野村正實『日本の労働研究』目次  (PDF file)

野村正實『日本の労働研究』あとがき (PDF file)




野村正實『知的熟練論批判』目次 (PDF file)

野村正實『知的熟練論批判』あとがき (PDF file)


『日本の労働研究−その負の遺産−』(ミネルヴァ書房,2003年,4500円)と『知的熟練論批判−小池和男における理論と実証−』(ミネルヴァ書房,2001年,4500円)のあとがきのあとがき



(2003年11月12日)


 2003年1月に小池和男氏は「競争力を左右する技能とその形成−文献サーベイ−」法政大学『経営志林』39巻4号を発表した。私はこの論文の発表されたことを知らなかった。ある人が,こういう論文があるが,野村さんはどう評価しますか,と聞かれた。この論文は,形式的には本格的な論文である。率直にいって,つつけばいくらでも問題点を指摘できるような小池氏の文章に食傷しており,読みたいとは思わなかった。しかしアフタサービスの精神からは,読んで何らかのコメントをしなければならないと思い直し,目を通した。
 この論文は,形式的には本格的な論文である,とわざわざ「形式的には」,という限定詞をつけたのは,内容的に本格的な論文であるかどうか,きわめて疑わしいからである。私はこの論文が正確に何を言いたいのか,理解できなかった。なぜ理解できなかったのか,その理由を述べるためには相当長い論文を1本書かなければならない。しかし『知的熟練論批判』と『日本の労働研究』で私は小池理論にかんして基本的な点は指摘しているので,今あらためてもう1本の論文を用意するつもりはない。またこの論文は,別段,本格的な批判に値する論文でもない。
 ただ,印象に残ったのは,この論文において小池氏は「知的熟練」という言葉を用いていない,ということである。小池氏は1985年から知的熟練論を主張しはじめた。それから18年,小池氏は知的熟練という言葉とその概念を捨て去るのであろうか。まだ断言はできない。
 たまたま小池氏はこの論文において知的熟練という言葉を用いなかった可能性がある。知的熟練論は小池氏の代名詞であり,それを捨て去ってしまうならば,小池氏のアイデンティティは本質的に損なわれるであろう。小池氏は今後も,さまざまな批判を浴びながらも,知的熟練という言葉を使い続ける可能性はある。
 しかし別の可能性もある。小池氏は小池説にたいする批判にきわめて敏感である。小池説はつねに一貫しており,小池説に対する批判は小池氏になんらの影響も与えていない,という印象が研究者の間で強いのではないかと思われるが,そのような印象は完全に誤っている。小池氏は重要な批判が加えられるたびに,主張を大きく変えてきた。そのさい小池氏は,自分の見解を修正したということを,ただ一度の例外を除いて,明記しなかった。そのため小池説は一貫して不変であるという印象を与えてきたにすぎない。私は『知的熟練論批判』の最後に,次のように指摘した。

 小池熟練論の変遷をたどると,小池熟練論は,2つのモメントを軸にして変遷してきたことがわかる。ひとつは,いかにして熟練の深さを測定するのかという問題であり,もう一つは小池熟練論への批判である。
 熟練の深さの測定について,小池は次のように主張した。
 キャリア熟練論  熟練の深さを測定する方法が見つからない
 限定版知的熟練論 熟練の深さは測定できるはずである
 完成版知的熟練論 会社は仕事表によって熟練の深さを測定している
 改訂版知的熟練論 会社は仕事表によって熟練の深さを測定している
 刷新版知的熟練論 小池の技能レベル表によって熟練の深さが測定できる
 小池熟練論を変化させてきたもう一つのモメントは,小池熟練論に対する批判である。熊沢[1977]は,熟練の幅を論じることが熟練の深さを論じることになるのか,とキャリア熟練論を批判した。熊沢の批判を受けて小池は,熟練の深さを論じる知的熟練論を発表した。野村[1993b]は,完成版知的熟練論は専門工の存在を無視した理論だと批判した。すると小池は,専門工の存在を曖昧な形で認める改訂版知的熟練論へと移っていった。遠藤[1999]は,完成版知的熟練論でも改訂版知的熟練論でも中軸的な資料とされている仕事表なるものは,小池によって創作された疑いが濃い,と指摘した。この指摘を受けて,小池は仕事表が実在するという主張を取り下げた。
 この2つのモメントによって小池熟練論が変化してきたとするならば,本書における批判を受けて,刷新版知的熟練論はいずれ修正されるであろう。小池熟練論はどこに向かうのであろうか。

 『知的熟練論批判』における小池説批判を受けて,小池氏が知的熟練論そのものを放棄した可能性がある。
 どちらの見方が正しいのかについては,これからの小池氏の論文がおのずから回答を出すであろう。




(2003年10月25日)


 「あとがきのあとがき」欄をもうけた手前,気が進まないが,触れておかなければならない文献が二つある。一つは石田光男氏による小池和男『職場の労働組合と参加』東洋経済新報社,1977年の評価論文であり,いま一つは小池和男「競争力を左右する技能とその形成−文献サーベイ−」法政大学『経営志林』39巻4号,2003年1月,である。小池論文については,次回取り上げるとして,ここでは石田氏の評価論文についてコメントしておく。その評価論文とは,石田光男「小池和男『職場の労働組合と参加』:労資関係の日米比較』『日本労働研究雑誌』2003年4月号である。
 私は『日本の労働研究』第2章において小池和男『職場の労働組合と参加』を取り上げ,実証的研究として無価値であると指摘した。また『日本の労働研究』補論2において石田光男『賃金の社会科学』を取り上げ,実証的根拠のないまま「ストーリー」を作り上げてゆく石田氏の姿勢を批判した。今回の石田氏の評価論文は,その石田氏が小池和男『職場の労働組合と参加』を「1970年代に小池がなした独創と努力が希有なる水準にあった」と評価するものである。
 石田氏がこの論文を書いた時点では、石田氏は私の『日本の労働研究』第2章における小池『職場の労働組合と参加』批判を知らなかった。しかし石田氏は私の『知的熟練論批判』(2001年)を読んでおり、小池氏の知的熟練論には実証的根拠がない、と私が指摘していることを知っていた。そしてさらに、2002年の社会政策学会春期大会テーマ別分科会において私が小池『職場の労働組合と参加』は実証的に無内容であると報告したことを石田氏は知っていた(その時に会場で配った「報告要旨」をこの文章の後に掲げておく)。それにもかかわらず石田氏はどのようにして小池和男『職場の労働組合と参加』を「1970年代に小池がなした独創と努力が希有なる水準にあった」と評価したのであろうか。
 答えは簡単である。私の小池説に対する実証的批判を無視しただけのことである。私の小池説批判に反批判しているのではない。たんに無視しただけのことである。
 石田氏はこの評価論文にやや遅れて、『仕事の社会科学−労働研究のフロンティア−』ミネルヴァ書房を出版した。後付けは2003年7月20日となっている。そこで石田氏は「野村の小池批判は1993年段階のそれと2001年のそれとは区別されるべきで、前者は傾聴すべき批判であると思う」(p.64)と書いている。2001年の批判は、小池氏の知的熟練論は実際には存在しない資料の創作と、資料の大幅な改変を実証的根拠としている、というものであった。このような批判は、石田氏によれば、「傾聴すべき批判」ではないようである。
 『日本の労働研究』における私の主要な主張は、労働研究において実証精神が衰退したことが隅谷内部労働市場論や小池熟練論のような誤った理論を今日まで持ち越してしまった、という点にある。小池説に対する実証的批判を無視する石田氏の態度は、まさにこの点の好例であると私には見える。
 
過而不改 是謂過矣 (論語)


<参考資料> 2002年社会政策学会春季大会テーマ別分科会での配布文書

労働研究における負の遺産
    東北大学大学院経済学研究科 野村正實(nomura@econ.tohoku.ac.jp)

1.日本的な,あまりに日本的な内部労働市場論

 日本の労働研究において通説となっている小池和男の知的熟練論は,実証的根拠を有していない。小池が実証的根拠として示している資料は,あるものは小池によって創作されたものであり,また別のものは小池によって知的熟練論に適合するように徹底的に改変された資料である。また知的熟練論を支持するとされている小池の調査報告書は,記述に不審な点が多いだけでなく,記述が相互に矛盾しており,実証的根拠としての価値を有していない(野村[2001])。
 しかしなぜこのような知的熟練論が日本の労働研究の通説となりえたのであろうか。ある研究史の流れがあり,その流れの中で知的熟練論が説得力を持つかのように見えたことは,間違いない。野村[2001]第5章は,そのような流れのひとつとして氏原正治郎の熟練論を指摘している。たしかに氏原熟練論は小池をはじめ氏原以後の世代の研究者にとって共有財産であった。19777年に小池が『職場の労働組合と参加』(小池[1977])によって一躍注目を集めるようになった時,小池の熟練論が批判されなかったのは,小池が他の研究者と氏原熟練論を共有していたからであった。しかし氏原熟練論が共有されていたことは,小池熟練論にたいする批判がなかったことを説明できるものの,それだけでは小池熟練論が急速に広まったことを積極的に説明する要因の指摘としては不十分である。
 小池熟練論が急速に広まった主たる理由は,『職場の労働組合と参加』に先立って内部労働市場論が存在し,『職場の労働組合と参加』における小池熟練論はその内部労働市場論を実証し豊富化したと受け取られたためである。今日,内部労働市場論は日本で発行される労働経済学の教科書には必ず記述されており,そして内部労働市場論のもっともすぐれた文献として小池の著作『職場の労働組合と参加』や『仕事の経済学』(小池[1991])が指示されている。小池熟練論は内部労働市場論を理論的にも実証的にも発展させた理論として受け取られたが故に,通説となったのである。
 内部労働市場論のイメージは,次のようなものである。
 内部労働市場は大企業に発達する。大企業の中における職務は,やさしい職務からむつかしい職務まである。採用された労働者は一番低い職務から出発し,OJTによって企業特殊的熟練ををすこしずつ身につけながら,職務の階段を上っていく。より高い職務上しだいに上がっていくため,賃金はいわゆる年功賃金カーブとなる。また企業特殊的熟練は他の企業に移ると通用しないため,労働者は労働移動をおこなわなくなる。そのため雇用は終身雇用となる。また,内部労働市場が発達する大企業とそうでない中小企業とのあいだにおいて,二重構造が成立する。
 さらに,日本での教科書によれば,以上のような内部労働市場論は,アメリカ制度学派の流れをくんだDoeringer/Pioreの"Internal labor markets and manpower analysis"(Doeringer/Piore[1971])によって理論的にも実証的にも完成された。Doeringer/Pioreは,アメリカの労働市場を対象にして内部労働市場を完成した。彼らによって見いだされたアメリカ労働市場の特質は,日本に特殊と思われていた年功制や終身雇用あるいは二重構造とほとんど同じである。アメリカの労働市場において年功制,終身雇用,二重構造が見いだされる以上,年功制,終身雇用あるいは二重構造は決して日本特殊的な現象ではない。
 しかし以上のような内部労働市場論の理解は,完全に日本的な理解である。
 (1)Doeringer/Piore[1971]の内部労働市場論は,日本において理解されている内部労働市場論とは基本的に異なるものである。すなわち,Doeringer/Piore[1971]の内容と,日本においてDoeringer/Piore[1971]の内容として理解されているものとは,基本的に異なっている。日本において内部労働市場論として理解されているものは,日本の年功制,終身雇用,二重構造を内部労働市場と言い換えたもので。
 (2)Doeringer/Piore[1971]の内部労働市場論を最初に日本に紹介したのは隅谷三喜男の論文「日本的労使関係論の再検討」(隅谷[1974ab])である。隅谷論文がDoeringer/Piore[1971]の内部労働市場論として紹介した内容は,今日の日本でDoeringer/Piore[1971]の内部労働市場論として理解されているものである。すなわち隅谷論文は,Doeringer/Piore[1971]を正確に紹介したのではなく,Doeringer/Piore[1971]の断片的な記述のなかから,日本の年功制,終身雇用,二重構造に近いものがアメリカ労働市場に存在していることを示唆するような部分を強引に抜き出し,それをDoeringer/Piore[1971]の中心的な主張だとした。
 (3)小池和男は,1966年に『賃金』(小池[1966])を公刊し,日本特殊的であるとされている年功制,終身雇用は日本特殊的ではなく,資本主義の独占段階において普遍的に見られる現象であるという「まだ市民権を得ていない仮説」(小池[1966]74)を主張した。隅谷論文がDoeringer/Piore[1971]による年功制,終身雇用成立の論理として紹介したものは,Doeringer/Piore]1971]の論理ではなく小池『賃金』の「仮説」であった。
 (4)隅谷論文によってDoeringer/Piore[1971]は実証研究として紹介されたため,日本特殊的であるとされている年功制,終身雇用は日本特殊的ではなく,資本主義の独占段階において普遍的に見られる現象であるという小池の「まだ市民権を得ていない仮説」は,実証されたと日本では受け取られることになった。

2.労働研究史における小池和男『職場の労働組合と参加』の位置

 小池和男は『職場の労働組合と参加』の公刊によって労働研究のフロントランナーと目されるようになった。『職場の労働組合と参加』におけるキイ概念は二つある。「職場」と「キャリア」である。「職場」という概念は無規定的であり,そのため「職場内の移動」とか「職場をこえた移動」というような議論は無意味な議論である。もう一つのキイ概念「キャリア」は,きわめて多義的に使われている。そして「キャリア」が深い,「キャリア」が広い,というような命題は,意味が不明な議論であるか,無意味な議論である。すなわち,『職場の労働組合と参加』は,実証研究として無内容な「研究」である。
 それにもかかわらず『職場の労働組合と参加』がすぐれた実証研究であると労働研究界に評価されたのは,隅谷内部労働市場論の普及を前提として,小池が『職場の労働組合と参加』は内部労働市場を論じているというイメージ操作をおこなったからである。そしてその際,内部労働市場のイメージとして日本の終身雇用や年功制が念頭に置かれていた。多くの読者は,そのことによって『職場の労働組合と参加』が何か有意味なことを論じていると誤解した。
 『職場の労働組合と参加』は隅谷内部労働市場論を前提としてはじめて高い評価を勝ち得た。しかし『職場の労働組合と参加』と隅谷内部労働市場論との関係は,それに尽きるものではない。『職場の労働組合と参加』は隅谷内部労働市場論には存在していなかった「キャリア」という概念を導入した。「キャリア」という概念は,何度も指摘しているように,きわめて多義的な概念であり,「キャリア」という言葉を主語とした命題はすべて無意味な議論であった。それにもかかわらず,『職場の労働組合と参加』がきわめて高い評価を得たことによって,隅谷内部労働市場論をさらに歪曲する方向に熟練論が展開することとなった。
 これ以後,小池の熟練論が内部労働市場論のもっともすぐれた理論であると受け取られるようになった。『職場の労働組合と参加』における小池の熟練論は,熟練の深さは測定できないため,熟練の幅についてのみ論じる,というものであった。そして小池によれば,熟練の幅は「キャリア」によって測定できるはずであるとされた。
 熟練の深さを論じない熟練論が根本的な問題を内包していることは自明のことである。熟練論を唯一の資産としている小池は,早晩,熟練の深さについて論じることになるだろう。『職場の労働組合と参加』から8年後,小池はついに熟練の深さを論じる方向に転換した。小池はその理論を知的熟練論と命名した。熟練の深さをいかに測定するかというアポリアをクリアするために,小池は会社が二枚一組の仕事表なるものによって個々の労働者の熟練の幅と深さを呈していると主張するようになった。しかし熟練の深さを測定しているという仕事表なるものは実在しないため,小池は経験の深さを測るはずの仕事表なるものを創作するに至った。
 『職場の労働組合と参加』における小池熟練論を高く評価したは多くの研究者は,「キャリア」を唯一の熟練概念とした『職場の労働組合と参加』の熟練論と知的熟練論との基本的な相違を認識することなく知的熟練論を受容した。隅谷内部労働市場論は,純粋に日本的な解釈にもとづく内部労働市場論であった。『職場の労働組合と参加』における小池熟練論によって,日本的な内部労働市場論が,「キャリア」というあいまいな概念によってさらに誤った方向に展開したものである。そしてついに小池の知的熟練論というなんらの実証性も持たない「理論」に行きついた。
 そして,なんらの実証的根拠もない知的熟練論が日本の労働研究の通説となった。日本の労働研究は,巨大な負の遺産に直面している。隅谷内部労働市場論からはじまったこの負の蓄積は,清算されなければならない。



(2003年9月28日)


 『日本労働研究雑誌』は2003年4月号を「労働研究の流れを変えた本・論文」の特集号とし,その中でDoeringer/Piore[1971]Internal Labor Marketsを小池和男氏が解説・批評している。小池氏はこれまでにも何度か,Doeringer/Piore[1971]について言及してきた。以下にDoeringer/Piore[1971]に言及した小池氏の文章を引用しよう。小池氏によるDoeringer/Piore[1971]の評価の「変遷」(?)を味読すべきである。


小池和男[1977]『職場の労働組合と参加―労資関係の日米比較―』東洋経済新報社,

 アメリカでは早くから,労働市場の内部化が指摘されている。1950年代初期レイノルズによって慎重に,そしてカーによって大胆に指摘された。....しかしながら仮説の提示にとどまり,実証的研究はほとんど行われなかった。それが結実するのは,その十数年後であった。ドーリンジャーとピオレが1960年代後半ききとりをつみかさね,1971年に書物とした。これはアメリカの企業内労働市場の見事な研究である。70余企業の労資へのききとりにもとづいている。ただし,内部労働市場が広く存在することを強調するあまり,そのなかでのさまざまな差異を見逃していると思われる。また,キャリアの規制における労資の発言は,立ち入って観察されていない。p.9
 その三は,ドーリンジャーとピオリの仕事である。いうまでもなく,近時の内部労働市場論の頂点であろう。これは逆に発言権の観察が乏しく,キャリアに焦点がある。だが,その力点は,内部労働市場がいかに外部の変化に対応するか,また内部労働市場がいかに広く存在するかにあって,仕事の編成にまで立ち入ってキャリアを観察していない。キャリアを詳しく観察しいろいろなタイプにわけ,その存在領域をさぐってはいない。 p.23


小池和男「内部労働市場」今井賢一/伊丹敬之/小池和男[1982]『内部組織の経済学』東洋経済新報,pp.90-91.

年々出版される本の数はおびただしい。学術書ですら出版点数は多く,とても目を通し切れるものではない。その洪水のなかでも,一冊の本が10年20年と研究の流れをリードすることがあるものだ。べッカー(Gary S. Becker)のHuman Capital, 1964はそのよい例だろう。このドーリンジャーとピオレの本もまたその数少ない一冊といわねばなるまい。内部労働市場(internal labor markets)という言葉自体は1950年代からみられるが,それをはじめて実地について吟味した業績といわねばなるまい。
 アメリカの70ほどの大企業にていねいに聞きとりし,一つのモデルを提示した。価格つまり賃金の決定とさまざまな仕事への労働力の配分が,主に企業内で行なわれることをたしかめ,内部労働市場と名づけた。ただし,その力点は,企業の外の変化に,企業内の市場がいかに対応するかにあった。その対応を適切に行なうがゆえに,内部の機構も一つの「市場」とみるほど,その適応を重視した。その成立について,この本は三つの条件を強調している。(イ)OJT,(ロ)企業的特殊熟練(enterprise specific skill,企業によって少し熟練が違うことをいう)そして,(ハ)「職場の慣行」であり,具体的には先任権(seniority)をさす。組合員であるブルーカラーに関しては,勤続順に賃金のより高い仕事へ昇進し,解雇のときはその逆順という強い慣行をいう。
 だが,熟練については立ち入って追究されていない。OJTであれば,キャリアの広狭が大きく熟練を規定するはずであり,それゆえキャリアの広狭がきわめて重要なはずだが,そうした視点は乏しい。それゆえ熟練の企業特殊性の追究はキャリアの広狭・その内容ではなく,むしろ同様な枚械設備でも市場や企業によってくせがあるから,それになれるかどうかとか,仕事は大体グループで行なうから,長くつとめていると,おたがいの気心が知れて能率が高まる,といったことをあげる。


小池和男[1991]『仕事の経済学』東洋経済新報社,p.84.

 それまでの研究がわずかな事例のごく一般的な観察と,それにもとづいた推論であったのにたいし,ドーリンジャーとピオレは70余企業という多くを調査して,はじめて内部労働市場の実態を明らかにした.その第1は,労働力の配分と価格づけが,おもに企業内でおこなわれることである.仕事の序列(job ladder)をつくり,内部で下から昇進していくしくみである.当然定着的となり,賃金カーブも右上がりとなろう.ただし,この点はすでに日米の実際をみたのでこれ以上ふれない.第2,企業内部に労働者がとどまっているにもかかわらず,企業の外の状況変化に対応する機能がある.需要の減少には,仕事の序列の下からの解雇によって対応する.需要が増大するばあい,むずかしい仕事には,企業内で仕事の序列の下からの昇進により供給し,その最下位のところで企業の外から採用する.内部労働市場が企業内部に終始する硬直的なものではなくて,効率よく環境の変化に対応することをあきらかにした.第3,では,なぜこのような内部労働市場が成立したのであろうか.その理由を三つあげる.(a)特殊熟練,(b)OJT,(C)慣行(practice),である.


小池和男[1999]『仕事の経済学(第2版)』東洋経済新報社,p.160.

こうした前史をへて内部労働市場論の標準的な著作,ドーリンジャーとピオレの本(Doeringer&Piore[1971])があらわれる.ふたりはさきのダンロップの弟子であった.それまでの研究がごくわずかな事例の観察と推論であったのにたいし,この本は70余企業を調査し内部労働市場の実態を明らかにした.第1,アメリカ内部労働市場が仕事の序列をつくり,内部で下から昇進していく.当然,労働者は定着的になり,賃金カーブも右上がりとなる.配分と価格づけが内部でおこなわれている.第2,内部労働市場が内部で成立しながら,効率よく外部の変化にも対応する.需要の減少にたいし,仕事の序列の下につくものから解雇する.逆に需要の増大には仕事の序列の下位から上位へと昇進させ,もっとも下位の仕事に外から採用する.第3,内部労働市場成立の要因として特殊熟練,OJT,先任権をあげた.だが,OJTでも大工など職人型のばあいは内部化しない.さらに先任権制のない日本でも内部労働市場は成立する.結局,もっとも重要な要因は特殊熟練となろう.そして,その内実を機械のくせやいっしょに働く仲間たちの人柄とみる.こうした見方がいまも広く世界に普及している.


小池和男「ドーリンジャー=ピオレ『内部労働市場』」『日本労働研究雑誌』2003年4月号,p.8.

 このシリーズは労働問題研究の流れをかえた本をとりあげる,という。たしかにこの本はアメリカや西欧での労働問題研究の流れに大きな影響を与えた。だが,はたして日本の労働問題研究の流れに大きな影響を与えたかどうか,その点はいささか疑わしい。その説明にも,そしていま直面する課題の理解にも,まずこの本の核心をはっきりとふたつの異質の部分に分けねばなるまい。
 a.ひとつは企業内労働市場の一般的な像の提案である。労働の価格づけとその配分が外の労働市場より企業内を優先することをいう。より高い賃金の仕事にだれをつけるかというのが配分の問題だが,そこに企業外の人を直接採用するのではなく,まずその企業に働いている人を優先する,というしくみである。高度な仕事のサラリーをいくらにするかも,企業外の相場よりも,企業内でその仕事より低いと見られる仕事より高くはらう,という配慮を優先する。それが配分と価格づけの内部優先にほかならない。ごく一般的な内部労働市場像であり,この本はそれも主張した。
 b.もうひとつは,配分と価格づけが先任権など米ブルーカラーの慣行や制度によることを解明した部分である。ここで先任権とは,おそらくアングロサクソンのブルーカラーに特有な慣行であって,賃金の高い仕事への昇進が厳密に勤続順による,あるいは解雇がその逆順でおこなわれることをいう。よく誤って日本では勤続優先の慣行がつよいなどといわれるが,日本の慣行はじつは相当に競争的で,ブルーカラーにも成績査定があり,それで上位の社内資格への昇進がきまる。他方,アメリカのブルーカラー職場では,いまなら組合なしの職場もふえ状況もやや異なろうが,ドーリンジャーやピオレが描いたころは,厳密に勤続順,いや入社年月日順に賃金の高い仕事へ昇進していく。上記aのひとつのモデル,内部労働市場のアメリカブルーカラー版といえよう。


野村のコメント

 ここに簡単なコメントを記しておく。
 『日本労働研究雑誌』での小池氏によるDoeringer/Piore[1971]の解説には,クラフト内部労働市場や開放型内部労働市場については,当然というべきか,まったく触れていない(クラフト内部労働市場や開放型内部労働市場については野村『日本の労働研究』第1章を参照)。
 また小池氏は,「ドーリンジャーやピオレが描いたころは,厳密に勤続順,いや入社年月日順に賃金の高い仕事へ昇進していく」と書いているが,Doeringer/Piore[1971]は次のように指摘している。
 「内部移動の順番を決めるさい,先任権または能力のいずれか一方によって決める内部労働市場もあるが,大半の内部労働市場では先任権と能力を組み合わせている。それぞれの企業において,昇進とレイオフとでは異なった組み合わせを適用できる。たとえば,大規模製造事業所や中規模製造事業所では,生産部門や保全部門においてレイオフの順番を決める時,先任権のみで決めることが一般的である。レイオフを先任権で決めていない事業所は,通常,雇用保障やワークシェアリング手続きのような形で雇用確保をおこなっている。しかし,大半の昇進や配転は能力と先任権の両方によって決定される。」(Doeringer/Piore[1971]54)
 小池氏の「高度な仕事のサラリーをいくらにするかも,企業外の相場よりも,企業内でその仕事より低いと見られる仕事より高くはらう,という配慮を優先する。それが配分と価格づけの内部優先にほかならない」という文章などは,なんと評すべきであろうか。
 『日本労働研究雑誌』の文章以外については,これはこれで,味わい深いものがある。たとえば,『仕事の経済学』では,「当然定着的となり,賃金カーブも右上がりとなろう」と「定着的となり,賃金カーブも右上がり」になることはDoeringer/Piore[1971]の主張そのものではなく,小池氏による推測であることが記されている。この文章が『仕事の経済学(第2版)』では,「当然,労働者は定着的になり,賃金カーブも右上がりとなる」と,推測から断定へと「進化」している。
 『職場の労働組合と参加』で小池氏は,Doeringer/Piore[1971]は「キャリアに焦点がある」と主張している。しかし,それ以後の小池氏の著作では,「キャリアに焦点がある」とうような主張は見当たらない。「キャリアに焦点がある」という小池氏の解説は誤りだったので,姿を消してしまったのであろうか。
 また,論文「内部労働市場」で小池氏は,「その力点は,企業の外の変化に,企業内の市場がいかに対応するかにあった。その対応を適切に行なうがゆえに,内部の機構も一つの「市場」とみるほど,その適応を重視した」と解説しているが,『日本労働研究雑誌』での小池氏の解説では,Doeringer/Piore[1971]が「重視」したはずの外部への適応の有無などは影も形もない。
 キリがないのでこの辺で打ち切ります。





(2003年9月11日)

 『知的熟練論批判』は2001年10月に出版された。約2年が経過した。これまで私は本を出版した場合,少なくとも5,6本の書評をいただいていた。研究書にたいする書評の数としては恵まれていたと思っている。しかし『知的熟練論批判』は,本の性格からいって,書評の出ることをほとんど期待してなかった。雑誌の編集部が書評の対象に本書を取り上げることを躊躇するであろうし,たとえ編集部が取り上げることを決めたとしても,書評を引き受ける人がいないのではないか,と思えたからである。小池和男氏の知的熟練論は実際には存在しない資料の創作の上に成り立っている,という本書の主張にコメントすることは,ある種の決意を必要とするであろう。私はそう考えた。それだけに,次の2本の書評をいただいたことに,雑誌の編集部と書評者に心から感謝している。

遠藤公嗣『経済学論集』東京大学,68巻2号,2002年7月
中岡哲郎『社会経済史学』68巻5号,2003年4月

 『日本の労働研究』は2003年5月に公刊された。偶然,この本の刊行に前後して,この本で取り上げた研究者,論文,本に関連した出来事があいついだ。 2月に,隅谷三喜男氏が逝去された。この本の中心テーマのひとつが隅谷内部労働市場論であっただけに,私は,隅谷氏の本書にたいするコメントをぜひお聞きしたかった。折から,岩波書店から『隅谷三喜男著作集』が刊行され始め,本書が取り上げた論文が6月刊行の第3巻に収められている。長らく忘れさられていた論文が再び活字となって登場したのである
  他方,『日本労働研究雑誌』は2003年4月号を「労働研究の流れを変えた本・論文」の特集号とした。そしてDoeringer/Piore[1971]Internal Labor Marketsを小池和男氏が,小池和男[1977]『職場の労働組合と参加』を石田光男氏が執筆している。私の『日本の労働研究』は,ちょうどこれと同じ本,著者をくわしく吟味しており,いかに偶然とはいえ,あまりにもぴったりと符合するので,大変うれしかった。読者は,私の本とこの特集号とを比較することによって,Doeringer/Piore[1971]の内部労働市場論にたいする小池氏の評価や,小池氏の『職場の労働組合と参加』にたいする石田氏の評価ついて,興味深い知見を得るであろう。
 この点にかんするコメントは次回おこないたい。




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