55ESSAY by H. HASEBE
 「9・11」に思う 〔2011年9月11日〕




◇10年前の2001年9月11日。その後「同時多発テロ」の代名詞となったこの日、私はKLMの飛行機でアムステルダムから成田へと帰国する途上にありました。成田に着いた時、飛行機が激突するニューヨークのビルの映像がTVで繰り返され、警備員や警察官が動き回り、飛行場が異様に緊張した雰囲気に包まれていたことを思い起こします。

 その後の10年間、欧米世界は、アメリカを先頭にして、「テロとの戦い」という戦争と金融市場を中心とした好景気=バブルに沸きました。そしてその欧米の隆盛は、2008年9月のリーマンショックをきっかけとして一挙に崩壊しました。今、世界は、欧米を中心とした財政危機と通貨・金融不安、そして「千年に一度」の大不況の中で「日本化」に怯え、世界政治もまた大きな再編の時代に突入しつつあります。台頭した中国をはじめとする新興国もその例外ではありません。日本といえば、その経過の中でGDP世界第二位の地位を中国に譲り、国の競争優位性を弱め、失業や所得格差を継続的に拡大させ、政治的社会的な混迷状況を脱し得ずにいます。

 10年後の9月11日を、私は、今、特別な思いを持っておぼえます。しかし、それは「同時多発テロ」10年を記念する類の思いではありません。3月11日の大地震の日に始まる東日本大震災からちょうど6ヶ月が過ぎた、ということに対する思いです。そこには複雑で深い含意が埋め込まれています。

 この間、何度も「3・11を境に歴史が変わってしまった」(小出裕章)ことが強調されました。私も実際そのように思います。原発事故による放射能汚染はもとより、今回の大震災自身が、確かに千年に一度の大災害だった。大津波と原発事故によって、地域社会が一瞬にして根こそぎ破壊されてしまった。その被害は、本当に「とてつもない」巨大なものだった。千年に一度というM9の大地震は、千年に一度という大津波をもって東北三陸沿岸のマチやムラを破壊しました。二万人近い犠牲者(死者・行方不明者)が出ました。肉親を失った悲痛な叫び、癒しがたい無数の悲しみや不安が被災地の空間に充満し続けました、巨額の物的経済的被害は未だ算定がおわりません。政治と行政による復旧・復興政策は遅々として進まず。地域社会の結びつきはじわじわと崩壊し続けます。見通しのつかない除線作業と放射能の高さに、人々は若い世代から順に故郷を捨て始めています。福島県住民の1/3が移住を望んでいるとの報道は、やりきれない思いを惹起します。三陸地方から相双地方まで広がった東北沿岸地域の「復旧・復興」は、現時点ではまだ、人々の不安と暗闇を克服する力を得ていないようです。

 福島の原発事故による放射能被害は深刻です。原発事故の責任者や国家行政からは、事故の現状に関する見通しの良い説明はなされず、適切な情報は公開されず、放射能の低線量被爆を軽視する力学が働いています。根底に補償の問題があるのでしょう。しかし、高度に汚染された原発周辺地域は確実に人が住めなくなってしまいました。私が大学一年の夏(1974年)を友人2人と楽しく過ごした大熊町の街並みや海岸の風景や柔和で穏やかな人々の面影は、訪問して懐かしむ機会を奪われた永遠の過去の歴史風景へと追いやられてしまいました。また私が両親とともに高校時代まで過ごし、さらに歴史家の卵として資料調査に汗を流した福島市、現伊達市、国見町、桑折町といった信達地方のマチとムラも、その放射能汚染は深刻です。知人や友人達の居住環境も生業もかなり厳しいところにさしかかっているようです。私の生まれ育った故郷の地域社会は、原発事故によってまさに存亡の淵に立たされています。

 しかしながら、「悪いことばかりじゃない!」、そんなふうに私は思います。最近はまた以前に戻ってしまいましたが、3月11日の大地震直後のほんのわずかの期間だけ、私たちはとても素晴らしい経験をさせて貰ったからです。電気も水もガスもない中で、私たちは皆、隣に居住する人たちにも初めて出会う人たちにも、心の垣根を取り払って互いに心を開き、限られた「冨」を一緒に分かち合う、そんな特別な「絆」の存在を、確かに確認したのです。そして、その後、日本国内のみならず、不況に呻吟する国々からさえ、無数の善意が、救援の物資が、奉仕の労働が寄せられました。日本について言えば、「砂のような個人主義」が蔓延する日本社会にあって、私はよもやそのような人間関係の構築が可能になるとは想像だにしていなかったのでした。しかし、「絆」の出現は現実でした。私たちには、未来に向かって新たな社会的「絆」の構築を模索することが可能かもしれない、すくなくともそんな可能性を信じることのできる時代を迎えた…。「3・11を境として歴史は変わった」(?)のです。

 「9・11」に際して考えたことでした。